他責と被害妄想

思考

こんばんは、斉藤です。

人は何か問題が起こると、
他人に責任を圧しつけてしまう傾向がある。

最近は、特に、自分に責任が
あるにもかかわらず、被害者ぶることで
責任を逃れようとするふしが、よく見られる。

「もし、上司がもっと有能であれば・・」

「もし、もっと裕福な家に生まれていれば・・」

「もし、もっと良い場所に住んでいれば・・」

「もし、母親の心配性が遺伝していなければ・・」

「もし、もっと子供が自分の言うことを
素直に聞いてくれれば・・」

「もし、もっと取引先が
過剰な要求をしてこなければ・・」

「もし、もっと自分の参入した
業界が盛り上がっていれば・・」

「もし、もっと社員が有能であれば・・」

「もし、もっと夫が自分のことを
理解してくれれば・・」

「もし、・・。もし、・・・」

このように、自らの抱える問題や
困難を他者や周りの状況のせいにし、
自分の責任を逃れようとすることが
当たり前のようになってしまっている。

確かに、そのようにすれば、
一時的には自分の痛みが緩和される
かもしれない。

しかし、現実には、
自分の前から問題の根本は無くならない。

むしろ、問題をさらに
悪化させてしまうことも少なくないだろう。

誠実に問題に向き合い、
謙虚な人は、自分の置かれた状況を
受け入れ、自分で責任をとる。

勇気ある人は、主体的に動き、
困難に真正面から立ち向かい、
正々堂々と問題を克服していく。

こういった誠実で勇気ある人たちは、
自分で選択することによって、
激動の時代を生き抜くための大きな力を
得ていくのである。

ありがとうございました。

斉藤 拓

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